月夜見
   
“やんちゃな子供にゃ 嵐もイベント?”
         〜大川の向こう

 
私の記憶が確かなら、
昨年の梅雨ものっけはなかなか降らなくて。
それがいきなり大雨降りになったのは、
随分と早くに列島直撃コースをやって来た台風に、
梅雨前線が刺激されてのことじゃあなかったか。
極端な経緯で大荒れになった…というところまでそっくりな辺り、

 日本の梅雨は、これから先
 このペース配分になってしまうのではなかろうか?

オゾン層破壊だの、海水温の上昇だの、
昨今の様々な地球規模の温暖化現象を考慮するに。
そのくらいの変貌もありきなのかなぁなんて、
単純なおつむで思ってしまった、筆者だったりする今日このごろで。




     ◇◇◇


とにかく、ここ最近の梅雨は
洒落にならない降りようをするから油断がならぬ。
専門の気象予報士さんたちが、様々な資料や状況などから考慮して、
よしと見定めてのこと“梅雨に入りましたよ”という宣言がなされても。
その途端、からりと晴れた日が続き、
何だなんだ、降らないじゃないか、まさか空梅雨か?
夏場に水不足になりゃしないか?と やきもきさせといて。
本来、この時分に発生する台風は
迷走台風と呼ばれるほどに、
太平洋上をあちこち行ったり来たりした後に、
南アジアや台湾のほうへ北上してしまうものだったのに。
梅雨のそれだの命名されたは伊達じゃない、
なかなか消えないまま列島の真下辺りでもぞもぞしている前線へ、
するするするっと引かれたそのまま、ガンガン刺激し。
両者 結託したよな格好になって、
結果として広範囲へ風雨をもたらすのだから始末に終えぬ。

 「○○では 川が氾濫したそうだ。」
 「▲▲の方じゃあ 土砂崩れがあって。」
 「※※では、側溝に押し流された人が亡くなって…。」
 「ああ、おっかないねぇ。」
 「お気の毒だねぇ。」

全国のニュースでも、あちこちで起きた被害が報じられる中。
だんだんと近づく前線のせいだろう、
梅や桃の柔らかそうな若葉が、
ばたたと叩かれちゃあ大きく振り乱され。
ビワやイチヂクの、ごついけど案外しなやかな枝が
容赦なく揺さぶられているほどに。
この辺りでも、随分と風が強まっているし。
何と言っても大きな川の中州という土地柄だけに、
あまりの増水に見舞われたなら、
そのまま里ごと飲まれてしまう恐れだってあったのだけれど。

  今の今、健在なんだから、
  まあそうまで水嵩も増えなかろうと…

いやいや いやいや、
そんな…賞味期限の怪しいハムや佃煮の
“昨日まで大丈夫だったから”と
一緒にしちゃあいけないことくらいは、
こちらの住人の皆様だって判っておいで。(何かリアル?)笑
ただ、中州と言っても
数年とか数十年とかしか掛かってはないような、
歴史の浅い代物でなし。
近年になって、川自体への護岸工事もあったれど、
それでも目に見えての増水に襲われることはないままであり。
工事に先駆け、色々な場合を仮定して安全値を計算したんだろう、
此処の施工関係の学者せんせえだったお人は 本当に偉かったんだねぇと。
どんな台風や増水でも被害が出なんだことから、
もはや伝説の人扱いで
長老たちの語り草になっているほどだったりするのだが。

 「おおお、凄げぇ〜〜〜。」

朝のテレビのニュースショーでは、
各地で激しい雨が降る続いていることを伝えており、
轟々と流れる川や荒れた海の実況中継を挟んで、
雨が小康状態になっても、引き続き土砂災害などに用心して下さいと、
アナウンサーのお姉さんが呼びかけている。
遠い土地も大変なようだが、
何を隠そう、いやさ隠す必要もないほどに、
こちらの里でも、昨夜の遅くから随分な風雨が襲い掛かっており。
窓の外では、生け垣とは別の若い樹木の
伸びている最中のまだ柔らかな新しい梢が、
強風に揉まれてよじれもって躍り。
アジサイの茂みも ゆさわさと落ち着かぬ。
吹きすさぶ風の音への合いの手のように、
どこの何かは知らないが、
カンカラごんごろと転げる音も間断なく鳴り響き。

 「なあなあ、マキノ。ウチは大丈夫なんか?」

災害の前など、
怪しい気配を感じるものか、
ペットの落ち着きがなくなるとはよく聞くが。
こちらのお宅の小さな王子も、
何を拾ってか微妙に興奮しているようで。
何か倒れたような音がすれば、
窓辺まで飛んでっては“おおお”と声を上げ。
テレビから警報を知らせるピンポンが聞こえるたび、
何だなんだとリビングへ駆け戻りと。
勇敢なんだか怖いもの知らずなんだか
朝ごはんの途中からこっち、
なかなか落ち着きがないままに そわそわのしっぱなし。
そんな坊やの様子を眺めつつ、

 「…はい、はい判りました。ありがとうございます。」

携帯で電話を受けていたマキノさんが、
ちょっとだけ困ったように眉を下げ、

 「ウチは ほら、
  昨夜、皆で補強してってくれたでしょう?」

そも、頑丈な作りの家なその上、
家長のシャンクスが社長を務める回船業の若い衆も手伝ってのこと、
雨樋やら下水などの水回りなどを、
修理したり掃除したりと、詰まってあふれぬよう対処してってくれている。
庭木にも支柱を添えてくれたし、
使わぬお部屋の窓は、今日だけは雨戸を閉めたままにしてあって、
万が一、風が強くなっても大丈夫だろうという案配。
とはいえ、

 「今ね、学校からの連絡網で、
  小学校は警報が出たからお休みですって。」
 「やた…っ。」
 「こら、最後まで聞く。」

まだ幼い子だもの、
災害だってのに お勉強が休みだとしか受け取らず、
坊やが喜ぶことは目に見えていたのだろう。
間髪入れず、その嫋やかさが優しげな目許をたわめると、
こらこらと苦笑した黒髪のお姉さん、

 「インフルエンザのときの学級閉鎖と同んなじで、
  お休みと言っても
  “じゃあ遊びに行ってもいい”っていう休みじゃないのよ?」

 「え〜?」

途端に、
口角を下げての いかにもな“ガッカリ”を示す坊やなところも
想定内ではあったれど。
ドングリ目の上へ乗っかった
眉を下げまでしての大仰なガッカリ具合があまりに露骨で。

 “あらまあ…。”

風の音や雷が怖いとか、
怖いとは言わないまでも、
お父さんは帰って来ないのかとか 言い出さないのは助かるが、
気丈さやお元気が過ぎても考えもので。

 「ほら、風の音が聞こえるでしょう?
  雨戸の戸板が外れかねない強い風なのよ?
  ルフィくらいの小さい子では、
  吹き飛ばされてしまうかもしれないぞ?」

 「うう…。」

そういや昨日は、
シャンクスだけでは運べぬだろう大きな観葉植物の鉢とかを、
数人がかりで抱えてポーチに入れての、鉄の支柱に胴をくくったり。
自転車やバイクを倉庫に何とか押し込んだりと、
あれこれ片付けたお陰様、
すっきり何にもなくなってたはずのお庭だったのに。
どこから飛んで来たものか、
見覚えのないジョウロとか、
ビニールハウスのカバーらしいのの塊とか、
濡れ縁の先で わしゃしゃ・ごしゃしゃと暴れてたし。
生け垣の夾竹桃も、背の高い先っぽがゆさゆさと揺れてて、
そのまま庭側へ倒れ込んで来そうな勢いであり。
ああいうのに どーんて倒れ込まれたら、

 “…それって痛いかな。
  ライダーチョップでも折れないもんな。”

こらこら、一体何を日頃から試しているんだね、君は。(笑)
だから良い子でいなさいねと、
まとまりの悪い髪、ぽふぽふと撫でてくれたマキノさんへ。
本意ではないから くっきり“うん”とは言えぬが…それでも頷いて、
項垂れたままテレビの前へ戻り掛かったそのときだ。

 「…おはようございます、お邪魔します。」

このお里じゃあ、
マニュアルがある宅配業者でもない限り、
チャイム鳴らして家の人が出て来るのを待つなんてことは まずしない。
表の格子戸がガラガラッと開く音にかぶさって、
表を吹きすさぶ風の音とそれから、
聞き覚えのある 張りのあるお声がしたのへと、

 「…っ。」

お耳があったらピンと勢いよく立っただろ、
お尻尾があったらぶんぶんと振られてただろうことが、
あっさり伺えたほどのご機嫌さんに切り替わり。
板張りお廊下をドタドタドタと鳴らしもって、
うわ〜いvvと玄関までを駆けてった坊や。
上がり框前の三和土(たたき)のところに立っていたのは、
やはりやはりの幼なじみさん。
白地の開襟シャツに体操服なのかジャージをはいた、
短く刈った頭も男の子らしい、剣道場のゾロくんで。

 「父さ…父に言われて、手伝いに来ました。」
 「あら、ありがとうございます。」

上がり框にお膝をついての、
大人相手のように丁寧に応対しているマキノさんなのは、
これもまた昨日のうちにお話があったことだったからで。
回船会社の事務所に詰めてる頼もしい男衆は、
だがだが、今日は
里のあちこちへ川べりの監視や保全にと出回っている。
肝心なこちらのお宅の守りがいないの、
案じた皆様による相談が持たれた末。
まだ小学生ではあるが、十分冷静な対処が取れようし、
力持ちでもある道場の長男坊が、
何かあった時の手助けになるよう、
こちらで待機することと相成ったそうで。

 「ゾロ、大町のガッコも休みか?」
 「まぁな。」

警報が出ているし、
そうでなくともこの風では艀(はしけ)が出せぬから、
どっちにしたって川は渡れない。
大人みたいな黒い傘を玄関の隅へ立て掛けると、
マキノさんから渡されたタオルで頭や腕やあちこちをざっと拭い、
お邪魔しますと上がっておいでで。
そんなお兄さんが来たのが当然嬉しいか、

 「なあなあ何して遊ぼっか?」

休みで良かったなぁなぞと、何だか本末転倒な発言まで出る始末。
もしかして、窓が割れたり勝手口が吹き飛ぶかもしれないし、
まさかとは思うが、川が決壊なぞしたならば、
坂の上の公民館まで避難しなくちゃならない。
此処は割と高台のほうだが、
それでも床下浸水なんてことにならぬとも限らない。
そんなこんなという“もしかして”を思えば、
もちょっと緊張してもいい事態のさなかだというに。
妙にわくわくしているルフィだったの、
しょうがないなぁとマキノさんが呆れておれば、

 「じゃあ、宿題をみてやろう。」
 「え〜?」

え〜じゃない、やっといたらその後は心置きなく遊べるだろうがと。
あくまでも順番は守ろうなという程度の重さで
けろりと言ってのけるお兄ちゃんへ、

 「あ、そっか。」

そういう理屈ならしょうがないなと簡単に丸め込まれている王子様。

 “さすがだわ、ゾロくん♪”

何ていう上手な操縦術だろかと、
ついつい可愛さ余って
甘やかし過ぎてしまう自分には出来ない手際に、
感嘆するばかりなお姉さんの肩の向こう。
緑色のホウキみたいな夾竹桃の葉の先が、
お掃除するよに懸命に揺れていた大風の朝であり。

 何かあっても困るけど、
 頼もしい小さなお兄さんがいるのだ、

何があっても安心ねと、胸をなでおろしたお姉さん。
停電になっても大丈夫なように、
今のうちにご飯を炊いておむすび作ろう、
水の汲み置きや沸騰ポットの用意は良かったかと、
指折り数えつつ、キッチンへ向かってしまわれて。
がたごとと窓枠がうるさい、川辺の里の嵐の様子。
だがだが、やんちゃな皇子にはそんなの屁でもないものか、

 「あとで難破船ごっこしようぜvv」

などと、
この状況からそんなものを連想している
大物なんだろ豪傑ぶりで。
どうかどうか、こんな良い子たちを泣かせるような
怖い悲しい暴れようはしないでねと、
祈るような想いとともに、
窓の外、今はまだ明るい灰色の空を見上げた
マキノさんでありました。



  〜どさくさ・どっとはらい〜  13.06.26.


  *いつもだと
   書いてるお話のお天気とは逆の空模様になるのですが、
   今日のこの荒れっぷりには効かなかったみたいですね。
   どうかどちら様も
   様相の急変には十分注意してくださいませね?

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